仙台スポーツ
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Interview

FOOTBALL

外国籍選手と通訳はワンチーム。異国で戦う選手を支えるJリーグ通訳・武腰飛鳥【前編】

(提供:ベガルタ仙台)

 

 2021シーズンのベガルタ仙台には6ヶ国7人の外国籍選手が在籍しています。2019年から所属する元ポーランド代表のGKヤクブ スウォビィク選手、モザンビーク出身のシマオマテ選手に加え、今年から横浜F・マリノスや浦和レッズで活躍したFWマルティノス選手(オランダ国籍、キュラソー出身)、202cmの長身GKストイシッチ選手(セルビア)、ドリブラーのMFエマヌエル オッティ選手(ガーナ)、ブラジル人のMFフォギーニョ選手にFWフェリペカルドーゾ選手と国際色豊か。彼らの活躍の陰には、常に寄り添う「通訳スタッフ」の存在があります。3人体制の通訳チームの中で、常に状況を察知し、高い語学力とコミュニケーション能力を発揮する3年目の武腰飛鳥さん。彼の仕事のこだわりや異色の経歴、そして選手を支える今の思いを聞きました。(全2回)

 

―武腰さんは2019年の7月、ヤクブ スウォビィク選手が加入したタイミングでベガルタ仙台の通訳に就任しましたね。

「そうですね。もう丸2年になります」

―3年目の2021シーズンも折り返しに来ています。過酷だった13連戦を終えて、最近はどんな風に過ごしていますか?

「連戦中は、ずっと試合の準備や選手のケアをしていました。ネージャ(ストイシッチの愛称)やオッティたちは、ちょっと遅れてチームに入ってきたので、いろんなことがやっと落ち着いたところです。外国籍選手の私生活もだいぶ落ち着いたという時期ですね」

―「通訳」であり、今年からは「副務」(※主務と共にチームサポートの業務全般を担う役職)という肩書も増えました。業務内容も多岐に渡るのではないですか?

「通訳というよりは『マネージャー』という感じですかね(笑)『外国籍選手の付き人』というイメージの方が近いのかなって思います。サポートするのはピッチの上だけではありません。ピッチ外のことでも選手が『あれが欲しい』という時は代わりに買いに行くこともあるし、『こういうところに行きたい』という希望がある時は予約を入れます。通訳はそういったサポート業務の中の一つで、どちらかと言うと役割は選手の『マネージャー』なのかなというイメージでやっています」

ベガルタ仙台 通訳兼副務 武腰飛鳥さん

練習場には英語やポルトガル語、スペイン語など様々な言葉が飛び交う

―今年のベガルタ仙台は、7人の外国籍選手がいて、出身地もバラエティーに富んでいますね。武腰さん、佐藤充宏さん、椛澤勇斗さんの3人で、担当の割り振りはあるのですか?

「そうですね。僕がクバ(スウォビィクの愛称)、ネージャ、シマオ(マテ)担当。椛澤がオッティ、マルティノス担当。佐藤がフェリペ(カルドーゾ)とフォギーニョ担当という、ざっくりとした分け方はあります。でも僕自身はアウェーの試合に帯同しますし、普段の練習ではGKグループにつくので、どうしてもフィールドプレーヤーのことを見られない部分があります。誰が誰を担当ということでなく、『外国籍選手と通訳3人は一つのチームとして回していきたい』ということを今年のシーズンの初めに佐藤と椛澤に共有しました。自分の担当選手だけを見るのではなく、その時見られる人が対応するという形で、そこは上手くやっています」

―武腰さんは3人の中でも一番年上で経験があります。リーダー的な存在ですね。

「リーダー……(笑)経験があるというところでは……そうかもしれませんね。一応、僕は一番ベガルタ歴が長いので。僕の方が知っていることがあるので、上手くサポートしてあげられるところはしています。でも僕も彼らから学べることがすごくたくさんあるので、『僕がリーダーです』というよりは、3人でやろうという気持ちです」

ベガルタ仙台 通訳兼副務 武腰飛鳥さん

高い語学力と的確な訳が光る佐藤さん。右はフォギーニョ選手

―通訳兼副務の佐藤さん、椛澤さんは今年からベガルタの一員になりました。武腰さんから見て、それぞれどんな強みがある仲間ですか?

「佐藤はスペイン語、ポルトガル語が喋れて、英語もできる。語学力に長けていると思います。彼がいることで僕らも助かっていますし、頼もしい存在です。椛澤は、去年はインターンでJ3カターレ富山にいたので、通訳以外のところ、ピッチ外の業務でもすごく気配りができる。僕はベガルタには通訳として入って、今年から副務も兼任していますが、マネージャーの業務はなかなかうまく行かなかったりするし、わからないところもあるんですけど、そういう点でもすごく頼りになる存在です」

ベガルタ仙台 通訳兼副務 武腰飛鳥さん

マルティノス選手にコーチの指示を伝える椛澤さん。選手のため、いつもピッチを忙しく駆け回る

―武腰さんご自身は東京都ご出身。子供の頃から海外で生活しているんですよね?

「小学校3年生から高校を卒業するまでオーストラリアにいました。クイーンズランド州のゴールドコーストという街で生活していました」

―オーストラリアで暮らし始めたのは、親御さんの仕事の都合などですか?

「いや、それが違うんです。父が僕と姉に、英語を身につけさせたいという考えを持っていました。最初は日本のインターナショナルスクールに通っていたのですが、それでもなかなか身につかなかった。これはまずい! と思って、じゃあどうしようかと考えた結果、『もう(オーストラリアに)移住しちゃえ!』という結論に至ったらしいです(笑)それで引っ越しをした、と。姉はどうだったかわからないですが、僕は『引っ越すよ』という話しか聞いていなくて……。気づいたら、オーストラリアに行くという話になっていました」

―驚きの展開です。でもそこまでに英会話の基本はある程度できていたのでは?

「ところが……ABCもできなかったです。ABCの歌がぎりぎりわかるかどうか位ですよ(笑)」

―そんな中で始まったオーストラリアでの学生生活はどんな日々でしたか?

「今の生活とちょっと似ているところがあるんですよね。サッカーをやっていて、友達と学校に行って楽しく過ごして……。いろんなハプニングがあり、でもそのハプニングも楽しい! という、目まぐるしく状況が変わる日々でした。すごく楽しかったですね」

―ハプニングも楽しめてしまうという性格なのですね。武腰さん自身がサッカーを始めたのはいつ頃でしたか?

「本格的に、自分からサッカーを始めたという自覚があるのはオーストラリアに行ってからですね。日本でもなんとなくやってはいたんですけど」

―どんなタイプの選手でしたか?

「ポジションはいろいろやって、最終的にDFに落ち着きました。中村俊輔さん(現横浜FC)が好きで、始めはMFをやったんですけど、『お前、違うな』と言われて(笑)FWをやってもしっくりこなくて、高校生くらいにDFになりました。『チームのために』ということを(当時の指導者に)言われていました。『お前は上手いタイプの選手ではない。じゃあチームのために何ができるか考えろ』と言われたことを今でもすごく覚えています。だから、僕はチームプレーヤーだったのかな。チームのために頑張って走る。ポジションはサイドバック(SB)やセンターバックでした。SBの時は目立たないけれどスペースを空ける走りをしたり、無駄かもしれないけれどサポートに入ったりということを考えていました」

ベガルタ仙台 通訳兼副務 武腰飛鳥さん

選手時代の武腰さん。主にSBでプレーした(ご本人提供)

―日本に帰国して国士館大学へ。卒業後には海外でプレーしたという経歴をお持ちですね。

「はい。ヨーロッパのラトビアという国のチームでプレーしました」

―なぜラトビアに?どんな経緯があったのですか?

「大学卒業後もサッカーを続けたかったのですが、Jリーグから声がかかったり、日本でプロになれるような選手ではありませんでした。でも何とかサッカー選手としてやっていきたいという思いがありました。そこで知人を通してドイツのチームのテストを受けに行ったんですが、なかなか決まらなかった。その時に、本当にたまたまなんですけど、別の選手を見に来ていたラトビア人の代理人の目に留まって、『ラトビアのチームのテストに来ないか?』と誘われました。そしてラトビアに行ったら選手として契約することができました」

―ラトビアでは英語は通じましたか?

「通じなかったんです(笑)ロシア語なんですよね。ラトビア語もあるんですが、人口の多くがロシア系の人たちなので、みんなロシア語を話していました。チームで何人か英語を話せる人はいましたけど、日常生活ではほぼ通じなかったです」

ベガルタ仙台 通訳兼副務 武腰飛鳥さん

ラトビアでプレーする武腰さん。慣れない環境にも果敢に挑戦した(ご本人提供)

―得意の英語が使えない環境は厳しいですね。このラトビアで過ごした一年間はどんなシーズンだったのですか?

「うーん……。苦しかったです。その苦しさというのは、異国でプレーする苦しさも味わいましたし、サッカー選手としてのプレッシャーも感じました。何でも一人でやらなければいけないので、言葉が通じない中でも生きていかなければいけないというのは、すごく苦しい。ずっと苦しい中を生きていたなというのは、振り返って思います。ただ、その経験が今すごく生きているかなって感じています」(続く)

村林いづみ
村林いづみ

フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。