
仙台にも豊かなサッカー文化を。緑の絨毯の守り人【前編】
Interview
FOOTBALL
ニュージーランドのスポーツターフ(芝)の専門学校で学び、栃木県佐野市でクリケットのグラウンドキーパーと競技普及に力を尽くした和賀友樹さん。「いつかは地元のスタジアムで働きたい」という念願を実現させる時がやってきました。
―ユアテックスタジアム仙台(元仙台スタジアム)と和賀さんとの関わりは?
「いちサッカーファンとして仙台スタジアムのこけら落とし試合も見ています。トルコ対クロアチア戦ですね。(1997年6月12日開催。仙台初の国際Aマッチ)。こんなに良いスタジアムが出来たんだと思いました。結構、(ベガルタ仙台のルーツでもある)東北電力サッカー部の試合を見に行っていたんです。天皇杯で鹿島アントラーズのジーコがヒールですごいゴールを決めたり(第73回天皇杯2回戦)。(昔のカシマスタジアムで行われた)その試合も見ていました」
―どのようにユアスタのグラウンドキーパーの仕事にたどり着いたのですか。
「それも運があったと思いますね。タイミングというか、縁というか。仙台ナーセリーという芝生を扱っている会社が、ユアスタの芝管理に入っていたんです。そこに入社して約1年間ユアスタで働き、その後、現在の会社である日本体育施設株式会社に入って、ユアスタでグラウンドキーパーをやらせてもらっています。今年でユアスタは6年目ですね」
―雪が降る東北で、一年間緑の風景が広がっているのは簡単なことではないですよね。
「奇跡ではないですけどね。芝が頑張ってくれているので、芝生様々なんですけど。ち密な計算をして、今の補修も数か月後のことを想像しながらやっています。芝を剥いでしまえば楽なんですけど、そうはいかない。芝生というのは耕すことができないですからね。畑にしても田んぼにしても、一度土を起こしてリフレッシュさせてから種まきをする。芝の場合、それに近いことはするんですが、掘り起こして耕すことはできないので、芝は一度張ったら10年20年、そこに芝がある状態です。それをいかに健康的に生育させていくかということが胆になります」
―ユアスタの芝の特徴について教えて下さい。
「芝生の種類は2種類あって、『冬芝(寒地型芝生)』『夏芝(暖地型芝生)』ですが、ユアスタは冬芝のみで一年間常緑を保っています。冬芝と言っても冬に元気なわけではなく、ヨーロッパでいう冬に対応しているもの。日本の冬はそれに比べて寒すぎるんですよね。なので、秋や春に調子が良く、それ以外の時期は少し衰退してしまうという特徴の芝です。今の日本のスタジアムでは、冬芝だけを使っているところは少なくて、埼玉スタジアム2〇2〇、山形や新潟など。そこから北のスタジアムは冬芝なんですけど、西や南は夏芝をベースに冬に冬芝に切り替えて常に緑の芝を保つということをしています」
―今のスタッフはどのような体制ですか。
「常駐のスタッフは現在2人。プラス、アルバイトの方々数名。忙しい時期は多く来てもらいます。試合後にはシルバー人材の方にも来てもらって芝の補修を行っています」
―どうして一年を通して鮮やかな緑を維持できるのですか。
「冬芝でも、冬になると茶色くなってしまうんです。それを防ぐために、使用していない時にシートをかけて退色を防いでいます。シートには保温効果があって、芝が眠るのを抑え、冬眠する時期を若干短くします。熊も一緒です。寒くなると寝てしまう。芝は寝ると、活性化されないんです。葉の色が落ちるし、弱くなる」
2016年には初めて「Jリーグベストピッチ賞」を受賞したユアテックスタジアム仙台。その陰には和賀さんを始め、ユアスタで芝のケアに心を砕くグリーンキーパーや管理者のたゆまぬ努力がありました。夏は蒸し暑く、冬は雪の影響も受ける仙台のスタジアム。それらの気候条件に加えて、2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、短い間隔で次の試合がやってくる過密日程。芝を休ませることもままならず、グリーンキーパーにとっても「試練の一年」を過ごしました。
ユアスタ25周年 ※ご本人提供
―2020年から延期され、2021年はオリンピックイヤーになります。
「20年より21年は厳しくなると思います。オリンピック期間に(練習会場などとして)使用されて、その前後にJリーグなどの公式戦が集中する。J1の試合数は来年増えるし、カップ戦もある。それ以外の利用もある。ピッチのコンディションを整えることは、より厳しくなるとは思いますね。それでも何とかなるし、何とかしなければいけない立場ですからね。努力をします」
―和賀さんの考える理想の芝生とはどのような芝ですか。
「いくら試合をやっても傷まない芝ですね(笑)まぁそれは冗談として。選手や利用される方が、けがをせず、楽しくプレーできる芝生。芝生のことを考えないで、意識しないでプレーに集中できる芝生を作りたいです。少しでも色が変わっていたり、印象が違っているところがあると、プレーの反応が遅れるということを聞いたことがあります。それで判断が遅れたり、ボールのバウンドを気にしたりということがある、と。なるべくそういうことを意識しないで、選手が集中できる環境を整えたいですね」
―チームからのリクエストはありますか。
「特にリクエストはありません。私としてはなるべくホームアドバンテージを出したいなと考えていたので、なるべく芝の刈高を試合ごとに変えないようにしました。また試合時の芝の状態をなるべくチームと共有するようにしました。渡邉(晋)監督の時は、パスサッカーがしたいということで(芝の刈り高を)短くして欲しいという要望というか…。直接言葉で要望されたわけではないですけど、言葉の端々から感じるものはありました。
―芝を短くすれば摩擦が減り、ボールスピードが上がる。では、水を撒くことで更にボールがよく走るというのはどういう状態ですか。
「葉の上に水が載って、更に抵抗が少なくなるという状態ですね。水の方が抵抗が少ないので、スリップして、シュッと初速が上がるんですよね。ボールに勢いがある限りは。逆に勢いがないと、水がある方がボールは止まりやすくなるんです。水を撒きたいというオーダーがある場合はそういう効果を出したいんだと思います」
―改めて感じるグラウンドキーパーの仕事の面白さは?
「自分が考えて計画を立てて実行するんですが、それでも天候に左右され、試合の状況があり、突発的なイベントがあったり、なかなか計画通りにいかない。その中で上手く自分がコントロールして、芝生を良くしていくということですね。そして試合が行われて、選手やチーム、スタッフからいい芝だったと言われると本当に嬉しいです」
―仕事をしていく上でも、生きていく上でも大変な状況はあります。難しい状況を乗り越える時の和賀さんの考え方はどうですか。
「考えることを辞めないことです。考えていることって、それが間違いでも失敗でも、後々反省できます。考えないと反省も何もないし、次につながらない。厳しい状況が訪れて、『もう考えられない、お手上げ』ではなくて、『じゃあどうしよう、こうしよう』と選択肢を持つことを心がけています。あとは、自分が経験したことを振り返るということですね。私の原点はニュージーランドなので、芝の勉強をした時にどんなことを言われたか、どういう風景を見てきたかということをここに投影します。『芝生に問題があったら穴を掘ってみろ』といわれました、『Dig a hole!』って。土の中に何かがあるから、それが原因だよって。ボブというおじいちゃん先生が教えてくれました」
遠くニュージーランドでの学びが、杜の都のスタジアムに生きています。ユアテックスタジアム仙台の芝の上では選手が躍動し、サポーターが喜びを爆発させ、多くの感動のシーンが生まれてきました。その陰には、誰よりも厳しく優しく芝のことを見つめ続ける和賀さんたちグラウンドキーパーがいるのです。
Photo by 土田有里子
フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。