
絶望から這い上がった背番号8。サポーターに深く愛される松下佳貴という『希望』【前編】
Interview
FOOTBALL
2022シーズンのGKチームと。(金山さんは中央。ストイシッチ選手はこの時、既に帰国)
「チームのお母さん的存在」であるベガルタ仙台・主務の金山基樹さん。みんなに頼られる一方で、誰からもいじられる愛されキャラでもあります。チームに関わる人たちが、サッカーに集中できる環境を作り上げるプロフェッショナルには、選手たちからも感謝が寄せられます。そんな金山さんが、仕事に向き合う時に大切にしていることを伺いました。
―金山さんがマネージャーという仕事をする上でこだわっていることはどのようなことですか?
「心の持ち方ですね。『気配り、心配り』です。選手や関わる人に対して、僕が大事にしているところです。仕事を始めた時に丹治さん(丹治祥庸、現・モンテディオ山形ゼネラルマネージャー)に『マネージャーは、気配り、心配りだよ』と言われました。その言葉はずっと頭の片隅に置いています。対選手、対スタッフという人間関係の中でやっていく仕事なので、信頼関係を築くために自分がどういう立場で、どういう発言をしなければいけないか。周りを見ながらやるべきことを考えています」
―日々、直接選手と触れ合う立場ですよね。選手それぞれ置かれた状況が違うし、試合の状況での心理状態も異なる。そういう人たちが目の前に30人いると考えると、本当に難しい仕事だと思います。
「僕らマネージャーやトレーナーは、監督やコーチと選手の間をつなぐ役目だと思っています。チームとしての人間関係を円滑に回す役職として、このポジションは非常に大事だと思っています。具体的に何をしている、という訳でもないんです。でも常に気にしています」
紅白戦では副審も担当。練習場では一人で何役もこなす
―選手や監督たちと関わる中で、忘れられないエピソードはありますか?
「梁(勇基)さんは、いろいろ卓越している方なので、マネージャーのことも気遣ってくれます。梁さんは朝クラブハウスに来るのが早い方なんですが、連戦の時などは『ちゃんと寝てるか?』『仕事し過ぎやで』とか、ねぎらいの言葉をかけてくれます。シーズン中に選手とご飯に行くことはないですが、先日、永沼さんとトレーナーの岡部さんと僕を、梁さんが食事に誘ってくれて、“1年間お疲れ様会”を開いてもらいました。チームにとって選手が一番大切で、選手あってこそのチームですけど、僕らスタッフのことも考えてくれます。そういう風に気にしてもらえるだけでも嬉しいです。僕が小学生の時にスタジアムで見ていたあの『梁勇基』と今ご飯食べているのか! と思うと、すごいですよね」
―夢があります。他の選手からも金山さんの仕事ぶりの話は届いていますよ。松下佳貴選手は「カネ(金山さんの愛称)が磨いてくれるスパイクはとてもきれいで、試合前に見るとテンションが上がる。やるぞという気持ちになる」と言っていました。
「佳貴君は、そういうことを僕にも直接言ってくれるんです。試合前に『今日も仕上がってるね。(気分が)上がるわ!』って。選手はスパイクを履いて試合をするので、彼らにとって一番の商売道具ですよね。きれいにするのはもちろんですが、常に自分のパフォーマンスをするのに、気持ちの面でより良く向かっていけるようにというところですね。スパイクがきれいでも、そうでなかったとしても、もしかしたら実際のパフォーマンスには関係ないかもしれません。でも佳貴君が言ってくれるように『今日もきれいだ!』と思って、まっさらなスパイクを履いて、試合に入って行って欲しいです。練習とは違い、いざ試合会場に入ったときにピカピカのスパイクが並んでいる光景を見て、試合モードのスイッチが入るのかなと。気持ちが上がってくれたらいいなと思っています」
色鮮やかなスパイクを金山さんは一足一足丁寧に扱う。選手たちは、このピカピカに磨き上げられたスパイクで試合に向かう
―試合の時は、スパイクは何足くらい準備するんですか?
「1試合で先発、ベンチ含め選手は18人。交換したりして、1人で2足履く人もいるので選手の分は20~25足くらい。スタッフの分もあるので合わせると30足くらいは、毎試合洗っています。靴紐も白いものや明らかに汚れているものなど、半分くらいは抜いて洗い、インソールはすべて外して洗濯します。スパイクは磨くというよりは、洗うという感じですね。シャンプーをつけてジャブジャブ洗います。ドライヤーに入れて乾かして、仕上げのクリームを塗って艶を出します」
―試合用のスパイクのお手入れには、一体、どのくらい時間かかるんですか?
「作業は洗う日、磨く日など何日かに分けて行うんです。全部合わせたらスパイクに関する時間は6時間くらいです。42試合+カップ戦、全試合でやっています」
―金山さんと言えばSNSでの発信力はずば抜けていますよね。Twitterでの発信で意識していることはどのようなことですか?
「僕はチームの中にいて、選手と一番近いところにいるからこそ、わかることを伝えたいです。チームや選手を深く知れば知るほど、好きになれると思います。もっと好きになってもらうために、ということが一番の思いですね」
―伝えるためのアイディアにも工夫がありますね。試合日のロッカールームができあがっていく様子のタイムラプスや、届いたばかりの新品のウェアの開封儀式。それから選手の目線、動線を意識した動画も面白かったです。
「あれは思いつきなんですよ。僕もミーハーな目線があるので、仕事だと思って毎試合やっていると気づかないけれど、試合のロッカールーム等はサポーターの皆さんは見たことがないだろうし……。投稿する内容は、広報さんに聞いて『このくらいだったらOKですよね』と確認しながらですけど。Twitterを始めてから、日々仕事をしている中で、『これ載せたら、みんな喜びそう』というものを意識して探しています」
―コロナ禍の影響で、サポーターは自由に練習見学ができず、ファンサービスをしてもらえる場も少なかったので、選手の様子がわかる発信は嬉しかったと思いますよ。
「ファン感謝の集いやスポンサーパーティー、ボランティアさんへの感謝の会では、直接言葉をかけてくれる方もいました。知り合いからも『面白いよね』『いつも見ています』と言ってもらえます。より、ベガルタを知って、好きになったり、チームが盛り上がる一つのツールになったら良いなと思います」
金山さんのTwitterからは「チームの裏側」も発信される。ベガルタへの愛情に溢れている。
梁さんをして #これしか履けない と言わしめる特注パラメヒコ⚽️
— 金山 基樹|ベガルタ仙台副務 (@kane__63) February 7, 2022
2019年末,2足の在庫を残し移籍してしまいました.
主務の永沼さんに相談し
”いつか帰ってきた時に渡そう”
とそのまま保管していました.
そして今,帰ってきた新主将はその真新しいパラメヒコを履いてプレーしています.渋い.
#梁勇基 https://t.co/oVWGRYQ1xs pic.twitter.com/0qsM6i562E
ベガルタ仙台
— 金山 基樹|ベガルタ仙台副務 (@kane__63) July 20, 2022
2022リミテッドユニフォーム
開封動画(公式戦選手着用分)
#vegalta #adidas @adidasJP pic.twitter.com/gDo8O3Wtci
―金山さんが見ていた、2022年の心に残るシーンは?
「マネージャーの仕事として、というところではないですが、ホーム最終戦のロアッソ熊本戦は、ベガルタで仕事をしてきた中でも思い出に残る試合になるなと思っていました。昨年まで“声出し応援”ができなかった中で、今年はその応援が帰ってきました。みんな思っているように、うちはサポーターの声援があってこその『ベガルタ仙台』だと思うし、後半サポーター自由席の方へ向かって攻めて、サポーターが密集している角でコーナーキックを取って、最高のボルテージでゴールが決まる。あれこそがベガルタです。このために仕事をしているなと思いました。負ける試合もありますし、今季は途中からしんどい状況も続きましたが、あの瞬間があるとサポーターも『これだな』と思うし、働いている僕らにとっても『サッカーってこれだよな』『ベガルタってこうだよな』と感じられる瞬間だと思いました。チームに関わる人間として味わった熊本戦の劇的な瞬間、劇的な勝ち方。しかもホーム最終戦で、というところは今年の中で一番印象に残っています」
子供の頃から憧れを抱いていた地元のクラブ。仙台で勝利に貢献できる仕事に誇りを持っている
―全ての苦労が報われる瞬間ですね。
「本当に。涙が出てくるくらいです。去年の(2021年第12節)柏レイソル戦、ホームで518日ぶりに勝った試合も涙が出ました。常に勝っていくことが大事ですが、勝てないこともあります。それでも、ホームでいろいろな人の気持ちが乗って勝つことができた時はチーム全員が幸せになれる瞬間です。そういう時間をこれからも大切にしていきたいです」
―ベガルタ仙台を愛する金山さんが、これから目指すところを教えてください。
「個人としては、これからもできるだけ長くベガルタ仙台で働きたいと思っています。SNSでの発信もそうですが、『ベガルタには金山がいる』と地域の人や関係する企業の方にも思ってもらえる存在になりたいです。ずっとここにいる人の安心感ってあるじゃないですか。サッカー業界は人の入れ替わりが多いですが『今でもあの人がいるんだ!』って思ってもらえるだけでもいいです。チームとしては、やっぱりタイトルですよね。僕自身はベガルタ仙台に入ってから、正直良い思いというのはできていないと思っています。2019年はJ1残留しましたが苦しいシーズンでしたし、2020、2021年は結果が出ず最終的には降格してしまいました。今年こそはJ1に上げたいと思っていたけれど、そこまではいけなかった。試合に勝って嬉しい思いはありましたが、1年を通して『今年最高!』という年は過ごせていないです。いつか、その時どんな関わり方をしているかわからないですが、このチームでタイトルを取りたいと思います」
12月25日にベガルタ仙台は「2023シーズン新体制」を発表しました。2019年から4年に渡り、副務として現場を支えてきた金山さんは、2023年からベガルタ仙台の地域連携課のスタッフとして新たな道を歩み始めます。トップチーム、アカデミーでの仕事を経験した金山さんだからこそ、ベガルタ仙台と地域をより強く結びつけることができるはずです。新しい挑戦も応援しています。(完)
Photo by 土田有里子
フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。