
憧れの舞台で掴み取った大きな自信。若きGK小畑裕馬選手が、仙台を熱く盛り上げる【前編】
Interview
FOOTBALL
ベガルタ仙台の練習場には、いつも両手いっぱいに練習道具を抱えてピッチを駆け回る副務・金山基樹さんの姿があります。練習メニューが切り替わる度に、忙しく水の入ったカートを運び、GKトレーニングに加わったかと思えば、紅白戦の副審も務めます。クラブハウスの中でも、常にチームが円滑に活動できるように力を尽くす働き者の金山さんに「Jクラブのマネージャー」というお仕事や今季の印象的なシーンを教えて頂きました。(前後編)
―2022シーズン、お疲れ様でした。チームは2022年の活動を終えました。練習が終わって、最近はどういうことをしていますか?
「今の時期はシーズンが終わって、年明けから新シーズンが始まるので、今年使ったものの片づけをしています。練習着なども新しいものになるので、一度まとめて入れ替えを行います。選手についても移籍があるので、いなくなる選手の荷物のまとめを手伝います。選手の私物で僕が預かっているものもあるので、そういうものを返したりします。あとは、新シーズンのキャンプの準備です。練習着やインナーなど新しいものに入れ替えます。練習着には背番号が入っていますが、インナーにはないので、一つ一つ番号を書いていきます。だいたい、選手約30人とスタッフ約20人分。袋から出して、タグを切って、番号を手書きします。細かい作業ですね。キャンプに入るまでそういうことが続いていきます」
―そういう手書きの作業をしているのは金山さんだったんですね。
「はい(笑)それから、練習で使うボールに『VS(Vegalta Sendai)』と書いているのも僕たちマネージャーです。だいたい70球あるんですよ。そうした細かい作業は多いですね」
―金山さんが管理するもので、選手が身に着けるアイテムはどのくらいあるのですか?
「1000はいかないかもしれないですが、一人につき長袖のインナーが2枚、短いスパッツ、ロングスパッツ、タンクトップインナー、移動着のスウェット、半袖、長ズボン……。ざっと、10アイテムだとして、それが約50人。ざっと500アイテムは管理しています」
―それだけの数の管理……、嫌になりませんか(笑)
「多いですよね(笑)キャンプが始まる直前などは直接キャンプ地に届けられるものもあるので、僕やトレーナーが前日に現地に入って最終的な準備をします。他のスタッフに助けてもらうこともありますが、キャンプ前まではとにかく単純作業が多いです」
ー金山さんの中では、すでにキャンプは始まっていますね。
「『2023は、始まっている』です。まさに(笑)」
練習内容が切り替わる度に手早く用具を片付ける。選手たちが練習に集中できる環境を作る
―改めて、サッカークラブにおける「主務」「副務」、すなわち「マネージャー」のお仕事について教えていただけますか?
「先日マネージャーとして、中学生に講演をさせてもらいました。その時に話したのは、僕らは『チームのお母さん的存在』ということです。実際に洗濯をし、練習着や(水分補給の)ボトルを用意するという物質的な準備もあります。僕も(主務の)永沼さんも宮城県出身なので、選手から引っ越しの相談や買い物のことなど、サッカー以外のことも聞かれたりします。頼ってもらっているというところも含めて『お母さん的存在』なのかなって思います」
―先輩である主務・永沼慎也さんとの業務内容に住み分けはありますか?
「基本的には永沼さんは事務作業をメイン行っています。スケジュールの管理や遠征の手配、宿泊先や旅行会社とのやり取り。そういうことを監督と相談しながら進めます。それからフロントスタッフや各業者との打ち合わせなども永沼さんの担当です。副務の僕の仕事は、練習道具や飲用水の準備、試合のロッカールームのユニフォーム準備やスパイクを洗うことなどですね。クラブハウスには洗濯を担当してくれる方々がいるんですが、間に合わないところは僕が担います。基本的には用具管理や、練習に関する実務的なところですね。練習着やユニフォームなどの発注のやり取りも僕がしています」
―業務内容は多岐に渡りますね。
「たぶん細かいことを書き出したら、やっていることは相当多いです」
―「チームのお母さん」と聞いて、「名もなき家事」という言葉が浮かびました。チームの身の回りを整える家事的な業務が多いと考えると、そこに名前のついていない仕事は相当ありますよね。
「そうですね。めちゃめちゃあります。みんな、何か困ったらとりあえずマネージャーに聞くという感じです。僕に聞いても知らないことだってあるんですけど(笑)見つからないものを一緒になって探したりします」
『金山さんに聞けば大丈夫』。誰もが頼りたくなる安心感がある
―金山さんは副務の仕事をする前に2018年の1年間、アカデミースクールコーチをされていたんですよね。どのようにベガルタ仙台での仕事にたどり着いたのですか?
「出身が宮城県亘理町。地元なので、まず『ベガルタ仙台が好き』という気持ちがありました。子どもの頃からあこがれているチームのひとつでした。高校卒業後は関東の大学に進学して、サッカー部のマネージャーをしていました。元々は選手として入部したんですが、周りのレベルも高かったので、将来的に選手としてプロになる道はないなと思いました。Jリーグで『マネージャー』という役職があることも知っていましたし、そういう仕事をやってみたいなという気持ちもあったので大学からマネージャーになりました。そして4年生までマネージャーを続けて、卒業後は体育の教員になるつもりで教員採用試験を受けていました」
―今とは全く違う人生が待っていたかもしれませんね。
「それが、勉強をしていなかったので一次試験で落ちて、『どうしようかな』と考えていた大学4年の秋に、大学のサッカー部の視察に来ていたベガルタの方に会ったんです。当時スカウトを担当していた金柄杉(キム・ビョンサム)さんでした。その瞬間、『もう、チャンスはここだ!』と思いました。大学生でしたが、名刺を持っていたので、『宮城出身、大学でマネージャーをしています。ベガルタでそういう仕事がしたいです』とアピールしました」
―名刺を持っていたとは、準備が良いですね。
「はい。そうしたら話を聞いてくれて、その後、度々試合会場でお会いして丹治祥庸さん(当時のべガルタ仙台強化育成本部長。現・モンテディオ山形ゼネラルマネージャー)につないでもらいました。面談をして就職が決まりました。最初からマネージャーを志望していたのですが、2018年は空きがなかった。コーチのライセンスも大学の時に取っていたので、スクールコーチなら入れてあげられると言ってもらいました。先にマネージャーという職も見据えた上で入社しないかということでした。1年間スクールコーチとして活動した後、2019年に副務となりました。たまたま、こういう形でクラブに入れてラッキーでした」
―それはたまたまじゃないですよ。ちゃんと自分を売り込めているじゃないですか。
「たまたま金さんに出会えたからですけどね。本当に良かったです。今だ! と瞬間的に行っちゃいました。『ベガルタの人が大学に来るなんて、そうそうないぞ!』と。元々クラブに知り合いもいなかったのでそこで動きました」
―スクールコーチ時代は何年生のお子さんを教えていたのですか?
「生徒は幼稚園から小学校6年生までいました。11月のファン感謝の集いでは、『金山コーチ!』と声をかけてもらいました。当時小学校6年生だった子が、今は高校2年生になっているんです。教えていた子たちは親御さんがベガルタサポーターだったり、自分もベガルタが好きという子が多かったです。今でも試合に来てくれたりして、スクールの時の子たちとつながっていられるというのも、副務になる前に1年経験を積むことができたからだなぁと思います。あのスクールの1年も良かったなと改めて思います」
今年で4年目のマネージャー業。コーチングスタッフとの連携も大切にしている
―念願のマネージャー職に就いた2019年。1年目はどのように始まりましたか?
「チームのシーズン最初のスケジュールがキャンプなんです。この最初が一番大変で……。キャンプに行って『副務とは、マネージャーとはなんたるか』の現実を思い知らされました。具体的に言うと、通常の練習だと洗濯はクラブハウスで担当のスタッフがやってくれます。キャンプの時は、沖縄、延岡、宮崎と3か所のキャンプ地があって、沖縄では自分たちで洗濯機を回します。沖縄の一次キャンプは最も2部練習が多いので、練習回数が多く、休みも少ない。その中で、練習着を洗濯しなければいけないので、広報さんにも『お願いします!』と頭を下げて手伝ってもらったり(笑)他の人の手も借りながら、午前練習と午後練習の間にコインランドリーに行って洗って、夕食が終わって一息ついて、また2回戦に入るというスケジュールです。今となれば『そういうものだ』と思えますが、2019年はそこから仕事が始まったので、しんどいなって思いました」
―息つく暇もないですね。洗濯で一日が終わってしまうし、副務としてやらなければいけないことはそれだけじゃないですよね。
「そうですね。いろんな人にいろんなことを言われます。『移動着のサイズを変えて』『靴下、新しいのを出しておいて』とか。キャンプ地に着くと、みんなすぐに希望を言ってくるので、仕事がいくつも溜まっていって、消化しきれなくなりました。いろいろありましたね。パンクしそうでした」
―それが4年も経てば、すっかりお手の物ですよね。
「無心でできるようになりました(笑)大変さは変わらないですが、こんなもんだ、と。キャンプでは、沖縄から宮崎へ移動するんですが、荷物はトラックで運びます。トラックは沖縄からフェリーに乗るので到着まで時間がかかるんです。でもチームは沖縄から飛行機で移動して、翌日すぐに宮崎で練習をするので、トラックに全てを預けてしまうと間に合わない。そういう時は飛行機に手持ちで練習着や道具を積んでいかないといけない。それはそれで大変です。もはや引っ越しです。何をトラックに積み、何を手持ちにするか。1年目は、そのタイミングで永沼さんが一時的にキャンプから抜けたことがあって、一人で呆然としました(笑)でも、後から『そういう時もあったな』と思えるので、いい経験ですね」
―尊敬の念を覚えます。
「いえいえ。他のJクラブのマネージャーもみんなの同じようなことをやっているので、個の役職は作業量としては大変ですが、やり甲斐もありますよ」(後編へ)
【番外編】
写真撮影をしているとGK小畑裕馬選手が近づいてきてくれました。カメラマン土田有里子さんからカメラを受け取ると、モデル・金山さんに向かってシャッターを切ります。小畑カメラマンの腕前はいかがでしょう?
小畑選手が撮影した金山さん。自然な表情を引き出している
練習後のピッチで、楽しい撮影会が始まった。モデルの金山さんもノリノリ
Photo by 土田有里子
フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。