仙台スポーツ
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Interview

FOOTBALL

杜の都で愛するサッカーを天職とする、蜂須賀孝治の幸福論【前編】

(提供:ベガルタ仙台)

 

ベガルタ仙台でプロサッカー選手になって10年。DF蜂須賀孝治選手は今、仲間と共に笑顔でボールを蹴っています。主将を務めた2021年末に訪れたJ2降格という厳しい現実。そして、J1復帰を誓ったシーズンは大けがによる離脱という苦しいスタートとなりました。幾度もけがから這い上がり、J2第30節ツエーゲン金沢戦の出場で、Jリーグ通算200試合出場を達成しました。仙台を愛し続ける一途な蜂須賀選手が、真剣勝負の中に感じている「日々の幸せ」を教えてくれました。(前後編)

 

―けがからの復帰、本当におめでとうございます。

「ありがとうございます!」

―1月のキャンプ中に右膝関節軟骨損傷という大けがをし、手術を受けました。本当に大変なこともあったと思うんですが、当時を振り返るとどのような状況でしたか?

「これまで大きなけがを何回も経験してきました。今回は自分がというよりも、周りの人の方が、ショックが大きかったみたいで……。僕的には、『またか』ぐらいの感じでしたけど。それはいい意味で、けがへの耐性がついてるというか(笑)いや、けして良くはないんですが、けがに慣れているんです。でも、今回も本当にたくさんの人に支えられました。ドクターやトレーナー、一緒にリハビリした(松下)佳貴君、本当にたくさんの人に支えてもらって復帰できたことへの感謝はすごく感じてます」

―周りの方がショックだったということですが、ご家族やチームメイトからの心配の声も大きかったですか?

「そうですね。キャンプの序盤だったので、チームメイトもこれから馴染むという段階。そういう状況でも、みんな励ましのラインをくれました。手術をして、復帰予定は8月くらい。かなり時間がかかるかなと思ったんですけど、予想より早く6月に復帰できました。少しでもチームの力になりたいと思っていたので、そういう状況まで来られて良かったなと思います」

ベガルタ仙台 蜂須賀孝治選手

公式戦復帰は、天皇杯セレッソ大阪戦。先発での出場だった(提供:ベガルタ仙台)

 

―予想より早く戻ることができたとは言え、5か月間に及ぶ長いリハビリの日々でどのように復帰を目指してきたのですか?

「まずメンタル面はそこまで落ちず、本当に『またか』ぐらいの軽い感じだったんです。そんなに軽いけがではなかったですが、過去に前十字靭帯断裂の大けがも経験し復帰しているので、あまり重く捉え過ぎないようにしていました。昨シーズンはキャプテンも経験して、いろいろなものを背負っていた部分もあったので『ここで1回、自分自身に集中できるな』とプラスに捉えました。シーズンが始まっても、自分に集中してというか、集中せざるを得ないという状況だったので。もう常にリハビリのルーティンを無心に、楽しくはないですけど、そんなにストレスもなく取り組んで、乗り越えられたのかなと思います」

―復帰を目指す蜂須賀選手の様子は、ピッチの外周をランニングできる段階になって初めて取材する私たちも見ることができました。そこに至るまで、室内で行われるリハビリはどのように進んでいくのですか?

「リハビリメニューには、本当に地味できついトレーニングがたくさんあります。でも、やれば必ず成果が出てくるのが自分でもわかるトレーニングなんです。筋肉がだんだんと戻ってきたり、筋力の発揮のパワーが上がってくるのも自分でもわかるんです。きついけれど、必ず成果が出る。それをわかってリハビリができているので、‘暗い中でも光はずっと差し込んでいる’という状況でした」

―リハビリに付き合ってくれるのは、トレーナーさんやフィジオセラピストさん。どんな風に寄り添ってもらいましたか?

「リハビリは繰り返しのきついメニューも多いので『また今日もこれか』というような気持ちにもなります。でも、ちょっとしたことですけど、『BGMを今日は何にしよう』とか、『90年代(の曲)にしようか』とか、音楽一つでだいぶ気分的には変わるんです。桜の時期だったら桜の曲を選んで流してくれました。そうしてリハビリメニューに入る前の気分から明るくしてくれるんです」

―厳しい時こそ、ムードって大事ですよね。

「本当にそうなんです。メニューをこなしながら、ちょっと歌を口ずさめるぐらいの余裕があったら、きついリハビリも少しは楽しく取り組めると思います」

ベガルタ仙台 蜂須賀孝治選手

辛いリハビリも一人ではなかった。仲間やスタッフと力を合わせて乗り越えてきた

 

―同じ時期に一緒にリハビリに取り組んだ松下選手の存在は大きかったですね。お互いにどんな風に励まし合っていたんですか?

「ほぼ同じメニューなので、佳貴がきついメニューをやっていると、『俺もやるんだな』と覚悟して、逆に俺が先にやると、『佳貴、これはやばいぞ』と教えます(笑)その確認だけでも結構、楽しくコミュニケーションがとれました。『まじで、あれ、やばかったっすよね』みたいな会話で、リハビリの厳しさを共有できる。共感しながら頑張れたというところはありますよね」

―その時の思いを言える相手がいるだけでもだいぶ違いますよね。

「だいぶ違います。今、若狭(大志)さんが一人でリハビリをやっているので、それはかなりきついんじゃないかなと思います」

ーご家族の支えもすごく大きかったのではないかなと思うのですが、奥様や息子さんはどんな風に支え、見守ってくれたのですか?

「そうですね。僕自身、手術はもう5回目なので、入院の準備をする妻の手際が良いです。自分と同じぐらい慣れています。お見舞いにも来てくれますし、入院期間、毎日テレビ電話していました。もう何度も手術をしていますが、その度に『1人では生きていけないな』っていうことを感じています。犬もいるんですけど、離れていると寂しがるので、歩けるようになったらリハビリも兼ねて、たくさん散歩に行きました」

―息子さんは4歳になりました。

「僕にはそういう様子は見せないんですけど、入院する時やキャンプ、遠征に行く前は寂しいみたいです。サッカーができる年齢まで成長したので、今は一緒にボールを蹴ることもできます。そういう何気ない日常が幸せだなと思います」

―息子さんはサッカーを始めたんですよね。

「スクールに行き始めて、やっとサッカーに夢中になってくれたなっていう段階です。前はスクールに行くのを嫌がっていたこともありましたが、今は自分から『行きたい』と言うようになりました。家でも『練習したい』と言うので、僕も自分の練習後でめちゃめちゃ疲れていますけど、息子の練習に付き合って、また汗だくになっています」

ベガルタ仙台 蜂須賀孝治選手

父として、プロサッカー選手として懸命に走り、輝く姿を見せたい(提供:ベガルタ仙台)

 

―サッカーに興味を持ったお子さんに、サッカー選手である父の姿を見せられるのは嬉しいことですね。

「そうですね。今年、僕が試合に出るようになり、息子も4歳になって、いろいろなことがわかるようになってきました。そこで、息子にもサッカーの火がついたのかな、と。もっともっと父親としても良い姿を見せられるように頑張りたいなと思います」

―蜂須賀選手ご自身は、先月32歳の誕生日を迎えました。どんな1年にしていきたいと考えていますか?

「今、本当にサッカーを楽しくできています。常に『サッカーを楽しくやりたい』という気持ちが根幹にあります。そこから、勝利や自分の能力を高めるという部分に向けていきたいなと思っています。自分のやりたいことをやって、お金を稼ぐことができている。それは人生で一番幸せなことだと思っているんです。好きなサッカーを仕事にできているという、その部分だけでもう幸せなこと。もちろん、勝利は重要ですし追求するんですけど、その仕事が楽しくなかったら、それはもう僕としては天職ではないという考えです。楽しくサッカーをし、勝利を追求して、勝ったら嬉しい。たとえ負けたとしてもまた課題に向かってサッカーをして、次の試合へ向かい勝ちに行くというのが人生の良いサイクルだと思います」

ベガルタ仙台 蜂須賀孝治選手

ベガルタ仙台と結婚した男、というパワーワード。この街とクラブへの思い入れは人一倍強い

 

―復帰後はその喜びを特に強く感じられているかもしれないですね。蜂須賀選手について調べていくと、最近は「ベガルタと結婚した男」っていうキャッチフレーズが、いろんなところで出てくるのですが、これはどこから出てきた言葉ですか?

「確か去年のシーズン前のインタビューですね。『ベガルタと結婚したと思っている』ということを言いました(笑)」

―それは相当の覚悟がないと言えない言葉です。それだけ愛情を感じるクラブでプロ10年目を迎えました。仙台の街で10年間過ごしてきていかがですか?

「やっぱり仙台は住みやすいです。ここで出会える人もそうですし、この地域自体が好きなんです。春夏秋冬でそれぞれの表情があって、春は桜、夏は緑が綺麗だし涼しいし、冬もちょうどいいぐらいに雪が降る。気候的にも住みやすい。もうここにしか住めないんじゃないかなと思ってます」(後編へ)

村林いづみ
村林いづみ

フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。