
元Jリーガー、解説者・田村直也×中継リポーター村林いづみ【前編】
Interview
FOOTBALL
日本で初めての女子プロサッカーリーグ「yogiboo WEリーグ」。そのファーストシーズンはINAC神戸レオネッサの優勝で幕を下ろしました。女王の座を目指して船出した「マイナビ仙台レディース」でしたが、5位という成績で1年目を終えました。プロ化で見えてきたものやこれからのチームに必要なことを、元マイナビベガルタ仙台レディースの選手で、現在はマイナビの下部組織でコーチを務める有町紗央里さん、田原のぞみさんに聞きました。(前後編)
―新しく生まれたWEリーグ、そして生まれ変わったマイナビ仙台レディース。近くで見ていてどのようなことを感じていました?
有町「全員プロ契約となり、練習の時間帯も(夕方から午前中に)変わって、サッカーに打ち込む時間が増え、練習だけではなく体のケアや強化のための時間が増えましたよね。以前は、仕事をしていた時間をそういうことに充てられる。サッカーが好きな選手たちにとって、とても良い環境だなと感じました。午前中に練習が終わり、午後は筋トレやサッカーの映像を見る時間にすることもできます。サッカーに集中できる環境というのが、なでしこリーグ時代とは違うのかなと思います。うらやましいですね(笑)」
現役時代はファイトあふれるプレーが持ち味のFWだった有町コーチ(提供:ベガルタ仙台)
田原「有町コーチの言ってくれたことが全てですね。サッカーをしている時以外の時間をどう使っていくかというところで差が出てくるのがプロなのかな? と感じました。なでしこリーグの時もチームの練習前後に自分で時間を見つけて、個々のトレーニングに取り組む選手はいましたが、今、プロ化されて時間ができたことで、パーソナルトレーナーをつけたり、ケアに時間を使ったりできます。2021‐22シーズンから専門のフィジカルコーチがチームに入りました。メニューを作ってもらって選手が個々にトレーニング取り組んでいる姿も見えましたね。時間的余裕がある分、休む時間もトレーニング時間もしっかりとれるということなんですね。なでしこリーグの頃に、やろうと思っていたけどできなかったことに、今は積極的に取り組めるのかなと思います。変化したのは環境ですよね」
チームが苦しい時、真っ先に声を出して仲間を鼓舞した現役時代の田原コーチ。長く7番を身に着けた(提供:ベガルタ仙台)
―以前は、トレーニングが終わると夜。帰って寝て、起きるとすぐに仕事へ行くというサイクルでしたよね。WEリーグになってから、ネイルに凝る選手も増えている印象です。
有町「うん、うん」
田原「そうですね。オフに自分のことに時間をかけられるというところはあると思いますね。食事のことも含め、コンディションを整えるということでは今の方がいいですよね。朝・昼・夜としっかり準備をする時間もあると思うので」
有町「チームに専門の栄養士さんも入ってくれていますよね。相談しやすい環境があるんだなと思います。スタッフが増えましたよね。練習時も、選手がGPSをつけて、運動量など詳しく計測しています。コンディションを管理したり、客観的なデータから見えるもので評価、判断できるというのもプロだなって思います。それだけ環境が整っているからこそ、求められるものも多いリーグなのかなと思います」
―マイナビの試合会場には、お二人はラジオの試合解説や、試合運営を手伝うユース、ジュニアユース選手の引率で来ていましたね。スタジアムの雰囲気はいかがでしたか?
田原「もっとお客さんが入ると雰囲気も変わってくるのかなと思いますね。少ない訳ではないと思うんですが……。リーグ全体の中で、マイナビの観客動員は中位から少し下ぐらい。(平均1173人)収益を考えてもWEリーグ全体で集客数を増やさないといけないです。コーチ間でも話していたのですが、DAZNで試合中継をしている時に、映像で見えるのはバックスタンド側。でも実際にお客さんがたくさん入っているのは映像で見えないメインスタンド側なんです。満員ではなくてもある程度、席が埋まっている様子を見れば、楽しさが伝わって『あぁ、結構入っているな』『今度見に行ってみようかな』という雰囲気を作ることができるんじゃないかな」
―見せ方ですよね。カメラの位置や向きの話ではあるのですが……。
有町「そう考えると、Jリーグのベガルタ仙台の試合では、スタジアムの全方向にお客さんが入っているのですごいなと思いますね」
―WEリーグが当初掲げていた目標観客動員数は5000人。様々な厳しさはあったと思いますが、マイナビを始め、多くのクラブの試合で届かなかったですね。
有町「私たちが選手だった頃は、仕事をしていたので職場の方がスタジアムに応援に来てくれるということもありました。今は、新しく仙台に来た選手がどんな選手なのかとか、知らないと見に来るという動機につながらないところもあるのかな。選手自身の見せ方というか、魅力をどう伝えていくか。以前と変わらず、ずっと応援してくれる方もいますが、どう新しいお客さんを増やしていくか……」
田原「他のチームにとっても共通の課題なんですよ。シーズンが変わると選手も入れ変わる。ずっと応援してくれる方は、『新しい選手も覚えなきゃ』と興味を持って情報をチェックしてくれるんです。でも、それ以外の方々の目に入らない。どう集客していくかですよね。夕方のテレビニュースでも取り上げてもらったり、チラシをポスティングしたり、いろいろとやっているんですよね」
有町「いろいろやっていると思うんです。試合の日のスタジアムのイベントも。市内の学校の吹奏楽部を呼んだり、スタジアムの外で縁日をやったり。スタジアムに来たら楽しいということはわかるんですが、一歩踏み出すための『何か』が欲しいなって」
田原「子どもを巻き込むことも大切ですよね。子ども一人につき、親や家族が何人来てくれるとか……。吹奏楽の時も、自分の子どもが演奏するとなれば、お家の方々は絶対に来てくれるじゃないですか。そこで子どもの演奏を見る、プラスαで試合を観戦してくれれば……。お客さんは急には増えないと思います。ちょっとずつ地道にやっていくしかないのかな」
有町「永遠の課題ですよね」
どうしたらスタジアムを活気ある空間にできるか。コーチも知恵を絞る
―コーチたちもいろいろと考えているんですよね。作戦会議になってきました。
有町・田原「そうですね(笑)」
田原「これはマイナビだけの話ではないと思うんです。大宮アルディージャVENTUSの人に聞いたら、Jリーグで大宮アルディージャを応援してくれる人たちが、女子チームも応援してくれている。それで盛り上がっているという話でしたね」
―マイナビ仙台レディースの前身、ベガルタ仙台レディースの1年目の話のようですね。
田原「はい。今、マイナビはベガルタと離れて、別のチームになってしまいましたが、何かでコラボするとか。楽天イーグルスや他のチームもそうですし、いろんな形でつながりを作っていければいいのかなと思います。(2021‐22シーズンの)ホーム最終戦ではユアスタで『マスコット大集合』ができましたし、ああいうイベントは子どもたちが喜んでくれそうですよね」
―「お客さんは急には増えない」というのは、本当にその通りですね。
田原「いろんなことに取り組んではいるので、WEリーグとしても、もっともっと発信して欲しい。それに加えて、チーム毎にも取り組んでいくということですよね。Jリーグが発足した時と、WEリーグの誕生の差が『天と地』のようなものだと思います。『WEリーグ? いつの間に始まったの?』『WEリーグって何?』という人も多い。Jリーグの時はお祭りでしたからね。男子、女子の差はあると思いますが、それぞれの良さはあるので、なんでこんなに差ができるのかなって……。難しいですね」
WEリーグ初年度、ピッチ上では数々のゴール、喜びの瞬間が訪れた(提供:マイナビ仙台レディース)
―初年度で、注目していた他のチームはありましたか?
有町「サンフレッチェ広島レジーナは、結果だけ見ると6位と厳しかったかもしれないですが、一体感があるなということを感じました。負けても、積みあがっていくものがあるというか。マイナビを見ていると、苦しい時に『誰がやるの?』という雰囲気を感じました。上手くいく試合は何もしなくても上手くいく。そうじゃない時に踏ん張れる選手がいたかな? と。逆に、そういう選手が私たちのマイナビベガルタ時代にいたか? と言われると、そうとは言い切れないですが……。チームはスタートした時に『よしやるぞ!』と上向きになるんですが、長いシーズンでは上手くいかない時期も必ず来る。そういう時にそれぞれの意志や思いを、スタッフも選手もうまく伝え合える環境があればいいですね。伝えて、くみ取って、受け入れてという作業を繰り返して、チームの一体感は増していくと思います。マイナビに全くなかったかと言われたら、私も中にはいなかったのでわからない部分もあるのですが」
―サンフレッチェには近賀ゆかり選手のようなベテランもいますね。一体感を作っていく上で、そういう存在も不可欠なんでしょうか?
有町「ベテランの存在も大きいと思います。それも一人ではなく、近賀さんに福元美穂さん(共に元なでしこジャパン)もいて、二人で話をする。そしてみんなを巻き込んでいくと。美穂さんに話を聞くと、よくミーティングをして若い子たちにも思ったことを話していいよと伝えていたそうです。若い選手が話しやすい環境を、上の選手たちが作っていくということを、勝つためにできていたんじゃないかな。それはスタッフ主導ではなく、選手主導でやっていく。マイナビには(北原)佳奈もベテラン選手としていましたけど、一人だけだと難しいのかなぁ。そういうバランスもあるのかなって思います」
―広島は1年目で結果が出なかったとしても、先を考えるとものすごく手ごわいチームになりそうな予感です。田原コーチが印象的だと思ったチームは?
田原「やっぱりサンフレッチェかなぁ。福元さんや近賀さんのようなベテランが毎試合、出場していたかと言われたらそうでもない。その中で、やろうとしていることがピッチに立っている選手たちの中で一致しているということを感じました。上手くいかない時もあると思うのですが、それでも大きくは崩れない。そういうところがすごいなと感じましたね」
―今季終盤まで無敗だったINAC神戸を破ったのもサンフレッチェでしたね。
田原「もちろんINACはレベルも質も高いし、隙がなかった。広島は何かを起こしそうな雰囲気はありましたね。メンバーを見ると、要所要所で頑張れる選手、ここぞというところで力を発揮できる選手がいるな、と」(続く)
フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。