
「仙台は寒いけど、人は温かい」仙台育英・入江大樹がプロ野球選手になるまで
Column
BASEBALL
前編では日米のスタジアム建設の変遷や、県営宮城球場がボールパーク化へ向けて動き出すところまでを、スポーツ施設の専門家である追手門学院大学准教授上林功に聞きました。後編では引き続き楽天生命パーク宮城の特徴や今後のスタジアムビジネスについて聞いていきます。
追手門学院大学社会学部スポーツ文化学専攻准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所代表取締役。
建築設計事務所にてスポーツ施設の設計・監理を担当。2014年に独立、2017年に博士(スポーツ科学)Ph.d.のち現職。
「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など研究と建築設計の両輪にて実践。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートべニュー研究会委員、一般社団法人運動会協会理事、その他神戸市、宇治市、西宮市などスポーツ振興政策における有識者委員をつとめる。
上林氏:「2007年に行われた第3、4期改修あたりから本格的にボールパークとしての特徴が見え始め、リボンビジョンの設置やボックスシート・グループシートの設置など多様な観戦スタイルが選べるようになっていきます。どんなスタジアムかというのは読者の皆さんの方が詳しいと思いますが、その他にも芝生の上でピクニック気分で観戦できる席や充実のグルメ、そして観覧車やクライミングウォールなど野球だけでなく、スタジアムに来ること自体を楽しめるような、そんな仕掛けがたくさんあります。ファールグラウンドに張り出している砂かぶり席を日本で初めて導入したのもこのスタジアムです。日本のスタジアムは安全性を重視する設計となっていることから、グラウンドまでの距離を取っていたり、スタンドが高くなっていたりします。リーグとの綿密な調整、新たな観戦体験を追求する挑戦からフィールドレベルで試合を楽しめる砂かぶり席が実現しました。その後も金網の工夫を施し、細くて視界を遮らない金網を開発するなど進化を続けています。ファールグラウンドを削るというのはアメリカ式の発想ですね。
しかしながら、アメリカにボールパークのお手本があるからといって、日本にそのまま適用することはできません。なぜなら観戦スタイルが日米で異なるからです。アメリカでは多くの人が内野席で観戦することを好み、外野席は比較的空いています。そのため外野スタンドの一部をアトラクションにしたり、様々なチャレンジが可能です。一方、日本では外野席は応援団が陣取り、スタジアムの熱狂の発信源ともなっています。内野席は単価が高く、ビジネス利用もあることから簡単には変えられません。そこで日本のボールパーク建設においては、応援団が応援しやすいスタジアムを目指し、人気のある席を多く取りつつ、様々な観戦スタイルやアトラクションを適宜配置していく計画が必要です。楽天のスタジアムではライトスタンドとレフトスタンドが1・3塁線の延長に深く高い観客席配置になっています。これは応援団が陣取った時に、皆がダイヤモンドに正対することができ、観戦しやすいようにという設計です。また、外野にも応援団の一体感を阻害しない形でウッドデッキの席や団体席が配置されています。私がマツダスタジアムの設計を手がけていた当時、国内のボールパークはどのような観戦体験がふさわしいか答えを持っていませんでした。そこで当時国内初のボールパークとして先行していた楽天の球場を視察に行ったことを思い出します。現在は多くの球団がボールパーク構想を打ち出し、日本型のボールパークのあり方が見出され始めていると言えます。」
上林氏:「日本では今ボールパーク建設の動きが盛んですが、アメリカではまた一歩先を行った議論が行われています。実はアメリカではメジャーリーグの球団のスタジアムリニューアルの流れがひと段落し、野球場建設の流れは鈍化しつつあります。代わりに新スタジアム建設の議論が活発なのはアメフトのスタジアムです。そして再びドーム型の多目的スタジアムが主流になりつつあります。多目的だと個々のスポーツの臨場感を損なってしまうという話があったのになぜドーム型にと思うかもしれません。ここにはテクノロジーの進歩が関係しています。全方位からきれいに見える大型ビジョンやデジタルデバイスの充実、5G通信環境の整備による多様なスポーツ観戦が可能になってきています。テクノロジーの進歩によって新しいスポーツ観戦の楽しみ方が生まれ、そしてその変化に伴ってスタジアムの形も変化してきているのです。また、スタジアムだけでなく、スタジアムを含めた街全体を一体で開発することも主流になっています。デベロッパーがスタジアム計画に入り、都市計画を含めたスタジアム開発を進めています。この流れはサッカーやバスケットボールのスタジアム・アリーナ建設でも同様です。スタジアムやアリーナなど施設単体での検討に留まらず、周辺開発も含めた賑わいづくりをおこなう方向性は、すでに楽天生命パークが当初から持っていた考えであり、ある意味やっと宮城に世界が追い付いて来たと言えるかもしれません。近年の海外事例もふまえると、今後の楽天生命パークの余地としては公園全体のDX化や仙台全体とのデジタルソリューションとの連携など、都市全体とボールパークの関係性を問うところにありそうです。ここはオーナー企業にもぜひ期待したいところかと思います。
こうした取組がうながすスタジアムビジネスについても忘れてはいけません。ハード面としての価値に加え、ソフト面の価値をいかに付与していくかが近年のスタジアム建設の議論の中心にあります。この点でも楽天生命パーク宮城はとてもユニークです。なぜならほぼ毎年何らかの改修が行われ、新しい機能や魅力が追加されていっています。最近では宿泊施設がオープンし、野球を楽しんだあと、その余韻のままスタジアムに宿泊というファンにとっては幸せすぎる体験が可能です。スタジアムを建設しそのまま使用しているだけでは資産価値がどんどん下がっていってしまいますが、楽天生命パーク宮城のように毎年改修により新しい機能が付与されているということは、逆に資産価値がどんどん上がっているということです。国もスタジアム・アリーナで稼ぐことを推進していますが、その事例として楽天生命パーク宮城のようにスタジアム自体の資産価値が高まっていくような事例は多くはありません。毎年ファンを楽しませるとともにビジネス的にも成功しているという点で、楽天生命パーク宮城は宮城が誇る日本を代表するボールパークと言えるでしょう。」
Photo by KYODO NEWS
東京大学文学部卒業、早稲田大学スポーツ科学学術院修士課程修了(優秀論文賞受賞)、フランスレンヌ政治学院欧州政治コース修了。学生の頃よりフリーのライターとして活動開始。ニュース記事やコラム、インタビュー記事の編集・執筆から海外での学術書執筆まで幅広く対応。国立のスポーツ機関で10年ほど国内トップアスリートの支援や草の根レベルのスポーツ支援に従事。現在は愛してやまないスポーツの新メディア立ち上げに関わることができ幸せです。宮城のスポーツシーンが盛り上がるよう、東京から記事を届けます。