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東京五輪での活躍で宮城の光へ、サッカー郷家友太

 宮城県多賀城市出身の郷家はベガルタ仙台ジュニアユースを経て、中学3年生の10月に青森山田中学校の門を叩いた。地元のJクラブジュニアユースから他県へということも、中学3年の10月というタイミングも思い切りが良い決断だが、より厳しい環境を目指しての決断だったそうだ。

 当時から現在まで、青森山田中は全中の常勝軍団であり、青森山田高もJクラブユースと高校強豪校が切磋琢磨するプレミアリーグで存在感を示していた。青森山田高校に進学後、1年時からAチームの練習に参加していたという郷家だが、高校部活式の練習、いわゆる走りのメニューに悲鳴をあげることとなる。

 Jクラブ下部組織と学校部活動の練習で違いとしてよくあげられるのがこの走力の練習である。優劣の話ではないと思うが、Jクラブ下部組織では全体として技術や戦術を重視した練習が組まれるので、走りのメニューは途中から部活動へ移籍した選手が必ず最初にぶち当たる壁となっている。特に青森山田高校の場合には有名な雪上での走りのメニューがあり、中体連上がりの選手でもついていくのは生やさしいことではないのである。

 しかし郷家は2年時からAチームでレギュラーの座を掴むと栄光の背番号7を背負い、全国高校サッカー選手権大会と高円宮杯プレミアリーグでは中心選手として高校二冠に貢献する。

 近年、青森山田高校ではその中心となる中盤の選手が2年生で7番、3年生で10番を背負うのが定番となっている。ジェフ千葉の髙橋壱晟、コンサドーレ札幌の檀崎竜孔、浦和レッズの武田英寿など、同背番号を背負った選手は軒並みプロへと羽ばたいている。

 そんな郷家も3年時にはプレミアリーグEAST得点王の活躍を果たし、冬の選手権前にはヴィッセル神戸に内定、高校卒業と同時にJリーグに挑戦することになる。

 ところで、今ではすっかり青森山田の十八番として定着した感のあるロングスローだが、そのはしりとなったのが青森山田では郷家の2つ先輩にあたる原山海里だった。その原山のウォーミングアップ時にスローイン練習の相手を任されていたのが郷家だったのである。

 原山の卒業後、郷家は二代目ロングスロワーとして抜擢され、2年時の選手権では青森山田が勝ち進むに連れて郷家がスローインに入るだけでスタンドがざわめく様になっていった。

「本当はボールを受ける側で注目されたかった」と当時の郷家はインタビューに対して本音を漏らしているものの、彼のスローは幾度となくチームに得点をもたらしたのである。

 プロ入り後の様子はというと、豪華なメンバーが並ぶヴィッセル神戸においてプロ入り初シーズンの序盤から出場機会を掴み、リーグ戦では第4節のセレッソ戦で初先発、プロ入り初ゴールはルヴァンカップ第4節のVファーレン長崎戦で記録している。

 しかし元スペイン代表のイニエスタやビジャ、サンペールといった豪華外国籍選手の加入に伴い2年目の2019シーズンは出場機会が減少。2020年元日に東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場で行われた天皇杯決勝でチームは初優勝を飾ったものの、本人は後日「素直に喜べなかった」と打ち明けている。

 オリンピックシーズンとなった2020年、再起とオリンピック代表へのアピールをかけて挑戦した郷家は再び出場機会を増やし、チームへの貢献度を高めて行った。新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、いつもと勝手の違うシーズンとなったものの、出場試合数と得点数で共にプロ入り後の自己最多を記録。AFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)でも6試合に出場し、海外での戦いも経験した。

 オリンピック出場を狙う郷家にとって、中盤のポジション争いは苛烈を極めている。スペイン・リーガエスパニョーラで活躍する久保健英を初め海外クラブ所属選手も多く、強いアピールが必要な状況だ。

 しかし郷家は徐々に五輪を目指すチーム内で欠かせない存在になってきている。所属のヴィッセル神戸ではそのマルチなサッカーセンスを生かしてさまざまなポジションをこなしているが、代表チームでもポリバレント性が評価されつつある。

 2019年にポーランドで開催されたU20ワールドカップではアウトサイドで出場していた郷家であるが、状況に応じて中央もこなすことができ、登録選手数が限られる国際大会においては重宝されるタレントである。

 ただし使い勝手の良い選手で終わらないのが郷家であり、出場すれば確実にチームに変化をもたらしてくれる。U20ワールドカップでも、結果的にVARで取り消されてしまったが、永遠のライバル韓国とのベスト16では先制点かと思われる得点を上げている。サッカーにもしもは言ってはいけないとしりつつ、それでももし郷家の得点が認められて日本が勝ち進んでいたら、今頃もっと多くの人が知っているプレーヤーになっていただろう。

 小学校5年生の時に地元多賀城市で被災してから節目の10年目。あと5ヶ月に迫った東京オリンピックでは、今度こそ正真正銘のゴールを決め、日本を沸かせてくれるに違いない。そして青森山田高校の先輩である柴崎岳がそうであるように、海外クラブでの活躍と、フル代表のワールドカップで日本を導いてくれる姿を期待したい。

Photo by KYODO NEWS

 

安藤悠太
安藤悠太

東京大学文学部卒業、早稲田大学スポーツ科学学術院修士課程修了(優秀論文賞受賞)、フランスレンヌ政治学院欧州政治コース修了。学生の頃よりフリーのライターとして活動開始。ニュース記事やコラム、インタビュー記事の編集・執筆から海外での学術書執筆まで幅広く対応。国立のスポーツ機関で10年ほど国内トップアスリートの支援や草の根レベルのスポーツ支援に従事。現在は愛してやまないスポーツの新メディア立ち上げに関わることができ幸せです。宮城のスポーツシーンが盛り上がるよう、東京から記事を届けます。