
地元宮城でサッカーができた喜び。愛し愛されたサッカー選手・小野瞳さんの歩み【前編】
Column
FOOTBALL
「『人と時が揃えば扉(道)が開く』これは弘法大師、空海の言葉。人と時、タイミングが合えば、心持ちが一つになった時に絶対に扉が開く。やり続けること、自分に負けないこと。常にチームのために、仲間のために。そうした時に自分にもその力が返ってくる」
帰ってきたリーダーの言葉は熱を帯び、選手やスタッフ、サポーター、地域の人々の心までを動かしていく。今季、8シーズンぶりにサッカーJ1・ベガルタ仙台の監督に就任した手倉森誠氏。彼は今年最初のミーティングで真言宗の開祖・空海の「般若心経秘鍵」の一節を引用して、選手たちに熱く語りかけた。
20年はベガルタ仙台にとって「苦難の年」であった。ホームで1勝も挙げることはできず、成績は17位と低迷。新型コロナウイルスの感染拡大で社会全体が大きな影響を受ける中、クラブには債務超過や不祥事など暗いニュースが続いた。苦しいシーズンを率いた木山隆之監督は一年で退任し、昨年12月29日に「手倉森誠監督就任」の報が届いた。
08年から6季に渡ってベガルタ仙台を率いた手倉森監督。09年にはチームをJ2優勝、J1昇格に導いた。11年に東日本大震災が発生し、ホームタウンが被害を受けた時にも、「自分たちは東北の希望の光になろう」と選手たちを鼓舞し、同年はリーグ4位。翌年は終盤までサンフレッチェ広島と優勝争いを繰り広げ、リーグ2位、翌年には初のACL(アジアチャンピオンズリーグ)出場と、ベガルタ躍進の歴史を作ってきた。14年にはリオデジャネイロオリンピックを目指すU-21サッカー日本代表監督に就任。日本代表のコーチやJ2長崎の監督を歴任した。苦境にあえぐベガルタ仙台、佐々木知廣社長の熱烈なラブコールを受けて、杜の都に帰ってきた。
※チームより提供
就任会見では「“8季”ぶりに力を“発揮”したい」と得意のダジャレも飛び出した。時にはこうした軽快なジョークで相手を和ませ、また時には熱い言葉で聞く人の心に火をつける。そんな手倉森監督に心酔し、慕う選手やスタッフも多い。13年のルーキーイヤーに手倉森監督の薫陶を受けたDF蜂須賀孝治選手は「テグさん(手倉森氏の愛称)の話や言葉には力があって引き込まれる。自信がみなぎってきた。不思議な力を得られたような気がした。21シーズンはやってやるんだという気持ちになりました」と思いを新たにした。MF松下佳貴選手も「監督は自分たちの心を引き寄せるというか、その話に聞き入ってしまうような力があると思います。手倉森さんについていきたい、全員が『ついていこう』という気持ちになっていると思う」と明かした。
手倉森監督はミーティングで更に畳みかける。チームを一つにまとめ上げるべく、言葉を尽くして自らの情熱を伝える。
「新シーズンに対して、我々勝負の世界にいる人間としては、今年こそ勝負という思いもある。そこに対して新しいフレッシュな気持ち、モチベーションが芽生えてくると思う。今の、そのモチベーションを大事にして、どんどん大きくしてもらいたい。シーズンの中では勝ち負けがつく。負けたからといって、そのモチベーションは損なわれてはいけない。常に持ち続けて欲しい」
「自分(手倉森氏)に期待して欲しい。自分はみんなに期待するし、自分自身にも期待する。この状況を立て直して、何とか『希望の光』になるんだという思いに駆られている」
「『覚悟の年』だと思って欲しい。厳しい目が注がれた中で覚悟を持って戦い、結果を出した時は本当に精神が鍛えられる。逆境の中で厳しい目が向けられているから『大変だ』じゃなくて、これを『チャンスだ』と思って欲しい」(いずれもチーム始動日のミーティングより)
YouTube『vegaltachannel』広報カメラ2021 vol.01
2月27日のJリーグ開幕に向け、ベガルタ仙台は1ヶ月という長期に渡って宮崎県でキャンプを行っている。厳しいフィジカルトレーニングで体力のベースを作る西都市での一次キャンプを終えて、オンライン取材に応えた手倉森監督は満足の表情を浮かべた。大きなケガで離脱する選手もなく、キャンプは順調。精神面では、こんなサプライズもあったという。
「僕が就任した時点で選手たちに勇気と自信を取り戻させなきゃいけないと思っていた。(一次キャンプでは)『やらなければいけない』という勇気を選手たちが取り戻し、示してくれた。自信の回復という点では、やれていることへの手ごたえを感じ、自分たちを信じることができた時に取り戻せることだと思うんですけど、それも今ものすごく育まれている」
選手の意識を高める声がけは、どんな時でも心掛けてきた。今年は特にそれが必要だとも感じた。しかし想像以上に速いスピードで、選手たちは失いかけた勇気と自信を取り戻しつつあるようだ。
「去年苦しめられて、勝てなかったことへの評価というのは、チームの評判として知れ渡っている。ともすれば、周りは悪い評価を下してくるが、それになびいていっては自分たちは何もできない。恐れることなく、反骨心を持って『我々はこんなもんじゃない』っていうところを高めようと伝えてきた。やっぱり元々、力のあるチームなんだということを改めて実感させられました」
トレーニングに取り組む選手たちの「心を進化させること」。これは胸に響く言葉を持つ手倉森監督だからこそできた、今年最初の大仕事である。雄弁なテグさんの、その大きな背中までもが「俺についてこい」と語りかけているようである。自分を、仲間を信じればこそ、ベガルタ仙台の新しいシーズンへの扉は大きく開く。
フリーアナウンサー、スポーツキャスター。2004年からラジオでベガルタ仙台のトーク番組を担当し、2007年よりスカパー!や DAZNで中継リポーターを務める。ベガルタ仙台レディースは2012年のチーム発足時より取材を開始。ヒーローインタビューと勝利の祝杯を何より楽しみにしている。